Powered By Blogger

2013年7月19日金曜日

創造か、進化か?

http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/souzouka.htm

なんて事を言っているんだ、だから宗教がバカにされるんだ。以下抜粋は斜体に下線。

「キリンは高い木の葉を食べようとして首が長くなった」(ラマルク説)とか、「高い木の葉まで食べられる首の長いキリンが代々生き残った」(ダーウィン説)とかいいます。
 そうすると首の短い子どものキリンは、生き残れなかったことになります。首の長くなることが進化で適者生存なら、首の短い一般動物は適者として生存できないことになってしまいます。
 また「首が長いほど、敵を早く発見して逃げられた」と言いますが、首が長ければ目立って、敵からもかえって発見されやすいことになります。

進化論はそんな極端なことは言っていない。首の短いキリンは生き残れないなどと言ってはいないのだ。高いところにはたくさんのエサ(葉っぱ)が残っているから、それを食することができれば、他の動物と競争せずに生きていける訳で、それで生き残ってきたというだけだろう。高い位置の葉っぱが食べれなければ死ぬ訳ではない。
敵に早く発見され、早く発見すれば、逃げる時間が長いということ。早く発見されても逃げる時間が長ければ逃げ切れます。捕食動物側がそんなに遠くのキリンを食べようと思うかどうかが問題です。近づいているうちに感づかれると逃げられてしまいます。よって、首が長いほど敵を早く発見して逃げられたは正しいということになります。

 進化論では、「動物も植物も、単純な種類から次第に複雑な種類になった」と、化石を順に並べます。すなわち、A→B→Cと進化したといいます。
 しかしもしそれが真実なら、AからBに、またBからCに進化するまでの中間形ABやBCを示す種が、存在するはずです。しかし化石をいくら調べても、そのような移行段階にあるものは一つも発見されませんし、現在の動植物にも、そのような中間形は一つも見当たらないのです。
 これも「全知全能の神がその種類にしたがって造った」という、聖書のことばが正しいことを物語っています。
 また進化が事実であるなら、手や足や目などの発達段階にある生物が存在するはずですが、そのようなものは、過去にも現在にも一つも見当たりません。
 生物はそれぞれが一つ一つ、すべて完全にできているのです。

既に進化による分化段階は終わっており、現代に生きる動物は進化はほとんどないが、化石になった動物たちが現代に居ないのは何故かと言うことを説明しないのは神の考えなのか。また、それらが絶滅してしまったとして、復活はしないのか。現在でも絶滅していく種があるが、これらは神の力により復活できないのだろうか。

まあ、自分に都合のよいところだけをもってきて説明しているのはどの宗教でも同じだね。それに何かの文書に妄信的になるところも宗教なんだね。やっぱり宗教が戦争を生むんだろうな。だって自分の宗教が一番偉いという論理なんだから。それぞれの土地でそれぞれが生き残るために作られた宗教が、作った側を支配しようとする。道具を作ってその道具に支配されるということだ。

将来は人工知能を作って、神と崇め、その人工知能に従う宗教がでてくるかもしれないな。

0 件のコメント:

コメントを投稿