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2015年3月24日火曜日

70年談話

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015032402000123.html

政府は二十三日、安倍晋三首相の戦後七十年談話の作成に向けた有識者懇談会「二十一世紀構想懇談会」が十三日に開いた第二回会合の議事要旨を首相官邸ホームページで公開した。一九九五年の村山富市首相談話の「植民地支配と侵略」や「反省とおわび」を継承するかが焦点となる中、先の大戦を侵略と明記することに、賛否両論の意見が出された。

賛否両論って、過去は背負っていくもので、途中で投げ出すものではないのです。東京裁判やポツダム宣言受諾に文句があるのなら、それを指摘するべき。

 ある委員は「現在の価値観で『あの戦争は侵略』と断定することがいいことなのか疑問。五十年、六十年の談話に用い、七十年談話でも用いるべきなのか」と問題提起。別の委員も「『侵略』という言葉を使用することは問題性を帯びてしまう」と、明記すべきでないとの考えを示した。

国外での戦争に『侵略』以外の何があるのだろうか。他の列強国がやっていたように満州国は植民地だろうし、中国での戦いは侵略そのものだと思う。しかし、戦後賠償も行い(明確か不明確かは別として)、国交正常化しているのであるから、賠償は終わったということを宣言すればいいのではないでしょうか。

負けたのは事実で、無条件降伏したのも事実なのだから、嫌ならなぜ、降伏したのだろうか。最後の一人まで戦えば良かったのに。降伏した側が色々とケチを付ける問題では無いと思う。単に事実を述べれば良いと思う。

日本人は謝ることができるのである。それで戦争を回避するのであれば、それが良いに決まっている。腰抜けでもいい。戦争をしない、国家という正義の御旗を掲げて人殺しをしないというだけで価値があると思う。日本はアメリカになる必要はなく、中国になる必要もない。まして韓国である必要もない。日本は日本のままでいいと思う。大日本帝国に戻る必要は全くない。

平和ボケでいいじゃないか。平和ボケを全世界に広げましょう。それこそが積極的平和主義だと思いませんか。

イスラム国に志願する者があれだけいるということは、平和ボケに志願する人もそれなりに居るということでは?

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